【独占告白】86歳になった直木賞作家・志茂田景樹の「今」。車椅子生活で見出した新たな表現と、SNSで若者に届ける“救いの言葉”
志茂 田 景樹 現在、その名前を聞いて脳裏に浮かぶのは、かつてバラエティ番組を席巻したド派手なタイツ姿だろうか。それとも、直木賞作家としての鋭い筆致だろうか。2026年、86歳を迎えた彼は、かつての狂騒とは一線を画す、静かだが極めて熱い日々を送っている。
車椅子での移動が増え、肉体的な衰えは隠せない。しかし、ネット上で「志茂 田 景樹 現在の活動」が検索され続ける理由は、彼の言葉が持つ圧倒的な優しさと説得力にある。かつて世間を騒がせた「元祖・異端児」は今、人生の最終章をどう描き出そうとしているのか。その現在地を追った。
ド派手なタイツから車椅子へ:86歳のリアルな日常

かつて緑やピンクに髪を染め、奇抜なファッションでメディアを賑わせた志茂田景樹。現在の彼は、下半身の衰えもあり、外出時は車椅子や歩行器を使う生活が定着している。だが、その表情に悲壮感は一切ない。むしろ、老いを受け入れた者だけが持つ、独特の軽やかさが漂っている。
「歩けなくなったからこそ、見える景色がある」と彼は語る。かつてはせわしなく通り過ぎていた街並みや、人々の足元。視点が低くなったことで、社会のバリアフリーの遅れや、すれ違う人々の小さな親切に気づくようになったという。派手な衣装は影を潜めたが、色彩豊かなストールや帽子を身にまとうお洒落心は、今も健在だ。
若者の駆け込み寺となったSNS:140文字に込める「自己肯定」
志茂田の現在の活動で最も注目を集めているのが、SNSでの発信だ。特にX(旧Twitter)での投稿は、生きづらさを抱える現代の若者たちにとっての「駆け込み寺」のようになっている。フォロワーからの人生相談に対し、彼は上から目線で説教をすることはない。
「無理に笑わなくていい」「逃げることは恥ではない」といった、心に寄り添う言葉が日々紡がれる。2026年の現在、SNSは誹謗中傷や対立が絶えない場所になりつつあるが、彼のタイムラインだけは、まるで木漏れ日が差し込む公園のような温かさに満ちている。自身の波乱万丈な半生があるからこそ、その言葉には嘘がない。
「よい子」を演じなくていい。絵本読み聞かせ活動に込めた魂
作家としての活動に加え、彼が長年ライフワークとしてきたのが「よい子に読み聞かせ隊」の活動だ。全国の幼稚園や学校、被災地などを巡り、子どもたちに絵本を読み聞かせてきた。体力の変化に伴い、遠出する機会は減ったものの、オンラインを活用した読み聞かせや、新たな児童書の執筆は今も続けている。
彼が子どもたちに伝えたいのは、「みんな違って、みんな良い」というシンプルな真理だ。かつて自身が社会の枠組みからはみ出し、苦しんだ経験があるからこそ、大人の顔色を窺う子どもたちの心が痛いほどわかるという。彼の読み聞かせは、ただ本を読むのではない。子どもたちの魂に語りかける作業なのだ。
パートナーとの絆:老老介護の現実と向き合う優しさ
私生活において、志茂田を支え続けているのが妻の存在だ。長年連れ添った夫婦であり、現在は互いの体を気遣いながら暮らす「老老介護」に近い状態にある。しかし、そこには世間がイメージするような暗さはない。
お互いに完璧を求めず、できないことは他者の手を借りる。そんな柔軟な姿勢が、二人の生活を穏やかなものにしている。かつて破天荒な生き方で家族に心配をかけたことを振り返りながら、「今が一番、妻と深く会話ができているかもしれない」と微笑む姿が印象的だ。
2026年の今だからこそ響く、志茂田景樹が遺したい「遺言」
不透明な時代だからこそ、私たちは彼の言葉を求めてしまう。志茂田は、未来を生きる人々に向けて「自分だけの色彩を失わないでほしい」とメッセージを送り続けている。誰かの真似をする必要はない。たとえ社会から浮いてしまっても、それがあなたの色なのだと。
86歳になった直木賞作家は、ペンをキーボードに変え、車椅子から世界を見つめながら、今日も誰かの心を救う言葉を紡いでいる。彼の現在地は、老いることへの恐怖を希望へと変える、一つの美しい生き方の証明である。 (出典: 志茂 田 景樹 現在(Yahoo!ニュース))